二〇一八年エムケー精工株式会社は創立七十年を迎えました

GREETINGSご挨拶

顧客価値を創造する
モノづくりとサービスの
プロフェッショナルへ

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GREETINGSご挨拶
代表取締役社長 丸山将一

代表取締役社長 丸山将一 Shoichi Maruyama

2018年7月、おかげさまで当社は創立70周年を迎えました。これもひとえに皆様の温かいご支援、ご愛顧の賜物と心より感謝申し上げます。エムケー精工は、1948年、丸山工業有限会社として創立し、オート機器、情報機器、生活機器の3分野における研究開発型メーカーとして想像力および開発力を磨いてまいりました。これからも著しい環境変化に敏感かつ柔軟に適応するため、製造から販売およびアフターサービスまで一貫した体制を有する強みを活かしたモノづくりとサービス提供の高度な融合にチャレンジし、お客様の期待を超え“一手先”と感じていただける顧客価値をご提案してまいります。そのために、コア技術力のさらなる深耕と他分野への応用力の強化を進め、お客様から信頼いただけるモノづくりとサービスのプロフェッショナル集団となるよう人材の育成に力を入れております。また、法令はもとより社会規範および企業倫理を遵守し、何よりも顧客価値の提供を優先するものとして、飾り気なくかつ誠実に日々の業務に精励する質実企業を追求しております。今後とも、お客様の要望に応え新たな価値を提供し続けるべく一層の努力をしてまいる所存ですので、エムケー精工にご期待ください。

HISTORY70年のあゆみ

創業者
丸山盛永の想い

今でも脈々と受け継がれる
創業者のモノづくり精神

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創業者 丸山 盛永

創業者 丸山盛永 Morie Maruyama

昭和20年8月15日に戦争が終わり、フィリピンのミンダナオ島にいた盛永はその年の11月に帰国しました。外地や捕虜時代に空き缶を利用して様々なものを作った経験がヒントとなり、家庭用品、台所製品の製造を決め、昭和23年7月に丸山工業有限会社を創立しました。当時、従業員は盛永を含めて4人。「やればできる」の信念のもと、8畳の居間を工場にして板金加工製品からモノづくりが始まりました。

努力創造

努力創造

独立し、盛永は自分の進む道を“努力と創造”の道だと決めました。他の企業が何年もかけて作ってきたものを真似しても太刀打ちできません。生まれたばかりの小さな企業が生き残るためには「人の道を外さずに独創的なものをつくる」ことが不可欠だと考えました。これを一貫させることはとても苦しいことですが、“創造”を具現化するためには“努力”する以外にないと思い至ったのです。また、努力と創造をカタチにすることは製品に対して責任を持つことになります。小さな企業は宿命的な弱さがありますが、これを克服することが強さでもあります。生産過程のどの部分でも責任を持つ、きめ細かい管理体制があることを明確にして市場へ出すことで、他社製品と比較してコストが高くなることがあっても、そのコストならではの理由があることを説明し、自分の製品に自信を持って市場に出すことができると考えていました。

HISTORY70年のあゆみ

発展の基礎を築いた
ダイヤポンプ

サイフォン式給油ポンプ
「ダイヤポンプ」

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サイフォン式給油ポンプ

サイフォン式給油ポンプSiphon oil pump

独創性のある新製品として考案されたサイフォン式給油ポンプ。昭和27年に開発し、はじめは「石油吸上機」の名前で売り出しました。灯油の移し替えが楽に行える画期的な商品として発売と同時に注文が殺到。全力を挙げて生産にあたりました。最初に売り出したものは、使用方法が煩雑で返品されることもありましたが、改良を重ねた結果、昭和28年からは製造の半分以上を占める主力製品に成長。全国に丸山工業の製品が普及するきっかけとなりました。このサイフォン式給油ポンプを考案したことが、エムケー精工の発展の基礎を築き上げたのです。

HISTORY70年のあゆみ

現在までの
モノづくり

モノづくりメーカーとして
走り続けた70年

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創業当時の製品

創業当時の製品

1948年、戦後のモノ不足により“作れば売れる”時代のなか、缶詰の空き缶を再利用した板金加工製品の製造からスタートしました。当時の主な製品は、果実袋の留め金と王冠。りんごや梨の果実袋に使う留金はブリキを1㎜幅に切断し1,000本を一つに束ねて果樹農家に4〜5円で売っていました。

計量米びつ コメジャー

半世紀を超えて愛され続けるエムケーの計量米びつ

1964年、計量米びつ“コメジャー”を発売。高度経済成長真っ最中の当時、各家庭の生活水準が上がり、“より良い暮らし”をする意識が高まっていました。毎日の手間を省くよう工夫された、計量できる米びつは時代とマッチしヒット製品に。エムケーの代表的な製品のひとつとなりました。様々な改良をくわえながら、発売から半世紀経った現在でも愛され続けています。

もちつき機 鏡もち

エムケー独自開発の上蒸し式もちつき機“鏡もち”

1976年、もちつき機“鏡もち”を発売。当時、大手メーカーが市場を席巻するなか、“上蒸し式”を独自開発し、市場参入。もち米を蒸す際に余計な水分を上手にカットすることで、独自のコシの強さを生み出しました。現在もなお、変わらない上蒸し式のもちつき機は市場を代表する製品となっています。

エムケーキャビー

一家に一台“エムケーキャビー”

1980〜90年代、電子レンジが一気に各家庭へと普及したことがきっかけで、炊飯器・電子レンジ・米びつなどを一つに収納できるレンジ台“エムケーキャビー”が大ヒットとなりました。ピーク時は月産5万台生産し、メインとなるラインでは1日1600台、約20秒に1台のペースで製造。時代の波に乗った製品となり、“収納のエムケー”とも呼ばれていました。

パン焼き機

“パン焼き機”海を渡る

1988年、エムケーのパン焼き機がアメリカへ進出しました。“自分で選んだ食材でイチから作ることができる”という点が、食の安全に対しとてもシビアなアメリカで受け入れられました。1995年、当時OEMで提供していたパン焼き機(HB-716R)が“コンシューマー・レポート”において全米No.1を獲得。ピーク時には年間40〜50万台出荷するエムケーのヒット製品となりました。
※コンシューマー・レポート:製品やサービスといった幅広いジャンルにおいて独自調査結果を集計しているアメリカの月刊誌

ナガノプラザビジョン

街中を彩る“ナガノプラザビジョン”

1998年開催の長野オリンピックに向け、JR長野駅善光寺口の再開発が行われていました。その一つとして建設された“ウェストプラザ長野”の正面にエムケー精工の大型デジタルサイネージ“ナガノプラザビジョン“が設置されました。当時は甲信越地方最大のフルカラー表示機として色鮮やかな映像で多くの人々を魅了していました。

門型洗車機

セルフ化の波に乗ってトップシェアを実現した門型洗車機

1998年の“セルフ化解禁”に伴い、サービスステーション(以下:SS)の形態が変化し、小さな土地で高い集客率を目指すようになっていきました。その際、以前から社内で開発を進めていたドライブスルー洗車機が、いち早くセルフ化の波に対応。敷地が狭いSSにも対応できると評判に。分かりやすく操作しやすいエムケーの洗車機は、のちに会社を代表する製品へと成長していきます。

HISTORY70年のあゆみ

未来への
モノづくり

エムケー精工 次の10年へ

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10年先の未来へインダストリー4.0、AI、IoT、エネルギー問題、少子高齢化など。ものづくりを取り巻く環境は大きな変革期を迎えています。新しい技術や価値観が次々と生まれるなか、自分たちはどう未来に向かっていくのか。正解のない時代にどう応えていくべきか。70周年を迎える今、第二創業的な意識を持ち、変化に対応していかなければならないと考えています。
そうしたなか、10年、20年先の未来につなげるためには「人」の力が重要です。今後、当社では「人づくり」に力を入れ、時代の変化に柔軟に対応できる人材を育てていきたいと考えています。もちろん、技術力やサービス力も同時に高めていかなければなりません。チャレンジを後押しする風土づくりも重要です。なによりも仕事を楽しむことが成長を支える原動力になります。
10年先の未来、人々の生活をより豊かにする企業であるために。
これからもお客様に寄り添いながら、アイデアと技術で未来に貢献していきます。